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更新日:2019.09.22

赤松真人選手 引退記者会見

今シーズン限りで引退を表明した赤松選手が本日、マツダ スタジアムにて引退記者会見を行いました。


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≪赤松真人選手 コメント≫

15年間すごい長い間でしたけど、あまりこれといった成績は残してはいないですけど、ここまで野球がやれたっていうのは皆さんの声援のおかげなので本当に感謝しています。

Q.よくこういった時に長いか短いかわからないと言われる方多いと思うんですけれども、赤松さん長いとおっしゃいましたが、その辺りどんなところから長いと思われたんでしょうか。

野球やっているとき、病気になるまではすごく早かったイメージです。病気になってから、すごく長く感じました。


Q.この引退なんですけど、いつごろから頭にあって、何が決め手となって今回引退を決められましたでしょうか。

病気になってから、やっぱり引退は覚悟してました。
決心というか引退しようと思ったのは、今年に入ってから出番というか起用方法が若手を使わなきゃいけないので、そこで間隔が空いたときに、自分のパフォーマンスを出せるかというとそうではなかったので、そこですね。


Qバロメーターのラインとしてこれが出来なかったと一番頭にあったのはどんなプレーだったんでしょうか。

反応ですね。よーいドンで走る走塁練習であったり、自分のペースで投げる遠投っていうのは、そこまで落ちたなとは思わないんですけど、とっさのプレーですね、野球は相手に合わすスポーツだと思うのでその合わすのが0コンマであったり遅れると致命傷になるので、そこが一番力衰えましたね。


Q.その辺り、我々に分からないレベルで、すごくこうもどかしさとか感じていらっしゃったんじゃないでしょうか。

これはもう仕方ないことだと思います。
病気になったからとかではなく、年齢がそうさせたのかなと思いますし、何の言い訳をすることもないです。

Q.今回の引退の決断なんですど、ご家族とか支えてくださった方々にお伝えになったといますが、どんな風にお伝えになって、反応はいかがだったんでしょうか。

自分ではだいぶ前から意識はしていたんですけど、そのときには家族には言わず、正式に球団からそのように言われたときに自分で決断したと言ったので、タイミングとしては結構遅かったと思います。発表よりはちょっと前ですけど、それぐらいだと思います。

Q.意図してちょっと遅かったのか、なかなか言い出し辛かったのか、本音はいかがだったんでしょうか。

言えなかったですね。一番近くで支えてくれたので、言うタイミングが難しかったです。

Q.家族も含め支えてくださった方々への思いというのは今改めていかがでしょうか。

ありがたいですね。あまりこだわりがなかったので、結婚してから食生活であったり、病気になってから特に気を付けてもらったので、そういうところは本当に感謝しています。

Q.印象に残るのは引退発表された後も、2軍でも試合に出られたり一生懸命やっていらっしゃったんですけど、その辺りどんな思いでやってこられたんでしょうか。

もちろん僕がもし1軍の試合で出ることがあれば、投げているピッチャーもいますし、投げているピッチャーは僕がもしエラーをしてしまうと成績に響いてしまうので、迷惑をかけないようにそこだけです。

Q.最後の最後まで一生懸命やってこられて、さあ今日セレモニーの日となって今日中止ですけど、その辺りいかがですか。

なんか僕らしいですよね。由宇最終戦も雨で中止だったんですよ。
今シーズンマツダ初めての雨で中止と聞いて、凄いなと思います。延びたのでまたみんなと野球する日にちが増えて嬉しいなと思います。

Q.タイガースからスタートしてあの3年間もファームで非常に期待されたりだとか、いろいろ大きかったと思うのですが、あの3年間は改めて振り返っていかがだったでしょうか。

すごい先輩方がおられましたので、もう精一杯でした。練習についていくのが。
一軍の試合にも出させてもらいましたけど、無我夢中と言いますか、周りが見えていないのが今思えばあったので、もうちょっとリラックスしてやればよかったなってのがありますね。

Q.2008年にカープに移籍になりましたが、カープにやってきて1番よかったこと、1番の思い出は何でしょうか。

一番良かったことは、自由にさせてくれたというか、一番僕の長所って言ったらあれですけど、思い切りが全てにおいてよかったので、そこを一番重視してもらってそこを伸ばしてもらったので、阪神のときも伸ばしてはくれたんですけど、思うように動かなかった部分があるので、思うように動けたのが一番よかったところだと思います。

Q.当時のブラウン監督も、決して赤松さんをスペシャリストとして扱わず、長打力も含めて非常に評価されましたけど、あの辺りで規定打席にも到達して、野球観とか楽しみ方も変わった部分っていかがですか。

やっぱりレギュラーで毎年3割以上残してる選手のすごさが改めて分かったというか、それまでは規定打席に行くこともわからなかったですし、2軍ではそこそこ打ってはいたんですけど、1軍で長いシーズン打って、1年だけでなく2年3年とずーっとレギュラーをはってる方おられるじゃないですか、そういった人たちと比べてまだまだ僕なんてと思って、ある程度の成績は多分プロ野球に入ってしまえば残せると思うんですけど、ある程度までしか行けなかったので、それ以上の毎年成績を残してる選手はすごいなと痛感しましたね。

Q.試合に出ながら生まれたプレーがあのスーパーキャッチだと思うんですけど、改めて映像等を見ることも多いと思うんですが、振り返ってあのプレーは、今どんな風に思いますか。

あれは運だと思います。
今の若い選手だったらみんなできるぐらいのポテンシャルというか運動能力はあると思うので、ああいう打球が飛んでくるかどうかという運だと思います。

Q.あとわずかなところで捕ることが出来た、よく身体能力の一言に片づけられがちなんですけど、それだけではない部分っていうのは、いかがでしょうか。

あとは遊びながら練習中に結構やっていたので、フェンスに上る練習というか遊びを、それが役に立ったのかなと思います。

Q.キャリア後半は、チームに意識を変えられたと思うんですけど、そういったところの転換点とかどんな思いでチームの方へと意識を変えられたんでしょうか。

それまでは個人だったんですよね、レギュラーでどうしても打率であったり盗塁であったり守備でもそうですけど、そこをメインで考えていたんですけど、代走であったり守備固めになると、よくチームが見える、野球がよく見えてきたので、もうちょっと早くこういう雰囲気で、レギュラー獲ろうとしているときに、こういう心理があったらパフォーマンスが広がったんじゃないかなと思いますけど、代走・守備になったときに本当に自分を犠牲にしてチームのためにできるというのは感じれました。

Q.立場が変わって意識が変わって見えてきた野球って、これまでと見え方は違いましたでしょうか。

全然違いましたね。心から勝ち負けに喜べて悔しがる、それまでは自分が打って試合は負けても悔しいは悔しいんですけど、個人の成績だったので。それが自分が盗塁や守備でファインプレーをしてもチームが負けてしまうとどうしても悔しかったですね。今まではそれがちょっと薄かったので、それが変わりました。

Q.究極は相手の癖をメモ取られて、なかなか人に見せることが出来ないと思うんですが、チームメイトにも見せてらっしゃって、どういった思いからでしょうか。

もちろん僕の研究を、僕が使うことよりレギュラーの方が使うことの方が多いので、それを教えてあげてチームのプラスになればと思ってました。

Q.2016年のチームとしては25年ぶりの優勝ですが、あの味わいはいかがでしたか。

いやー、最高でした。一番嬉しかったです!

Q.想像されたと思うんですが、想像と比べて全然違う世界でしたか。

全然違いましたね。
最後、東京ドームだったんですけど、僕レフト守ってて飛んで来ないか、飛んで来たら一生残るわけじゃないですか、だからそういうところで名を残したい、映像に残したいというのはありましたね。うまくならなかったですけど…。

Q.2017の優勝、また味わいが違ったと思うんですけど、改めていかがだったでしょうか。

2017年は何か申し訳ない感じでしたね。僕はやっぱり病気だったので…。
実際、戦っている土俵が違うと言ったらあれですけど、みんなは野球で戦っていて、僕は病気で戦っていた部分があるので、申し訳ないな、僕はここにいていいんだろうかっていうのはありました。

Q.病気の後は大変だったと思うんですが、改めてあの期間を経て野球への思いは変わられましたでしょうか。

生きているだけでいいんだと、そこがメインでしたね。
野球というのは二の次じゃないですけど、死んでしまったら元も子もないので、まずは今まで普通に生きてきたことに気付かされました。

Q.野球に戻るとなるとなかなか思うようにいかなかったり、もどかしさもあったと思うんですけれど、奮い立たせてくれたものは何だったんでしょうか。

もちろん家族・チームメイトもファンの人も全てですね。そういった方々がおられなければ野球は続けてこれなかったと思います。

Q.いろんなことがあったと思うんですけど、今思い出せる1番嬉しかったこと、ありがたかった励ましはどんなものが思い浮かびますか。

闘病中って結構きついんですよ。本当に外に出たくないんですけど、今、後ろにいます菊池(涼)が結構うっとうしいくらい連絡してくるんですよね。だから、それに対して空元気で対応するんですけど、それが一番励みになりました。

Q.引退会見に現役の選手が来てくれるってなかなかないと思うんですけど、改めてこういったチームの愛着というのは選手へのメッセージも含めていかがでしょうか。

本当にすごいですよ。普通は労わってくれるんですけど…(笑)
労わってはくれるんですよ、接し方が普通に接してくれるので本当にありがたかったです。 みんなが普通に扱ってくれるのでスムーズに入っていけるというか、そういうのはありました。

Q.チームメイトもおられますけれども、今後のチームにこうなって欲しいとか、どんな思いを今持っていらっしゃいますか。

僕も結果で心理的に左右されたんですよね。けど、今の若いやつに結構いうのは、"お前俺と一緒の病気になったらどうや"ってことをすぐいう訳ですよ。そうしたらみんな、そっちの方が大変ってのはすぐわかることなんですよね。
僕もやっぱり病気になって初めて気付いたことなので、今普通に悩んでることって贅沢な悩みだなって僕は思うんですよ。
病気になって初めてそういうことに気付かされたので、みんな高いレベルでプロ野球選手は悩んでると思うんですけど、その悩みは病気に比べるとちっぽけなもんだっていうのは僕からしたらあるので、今悩んでることをもうちょっと払拭してもらって、チームの勝利に貢献してシンプルにやって欲しいなと思います。

Q.病気というのがひとつあって、そういったところで一言で括るのは難しいと思うんですが、病気になった後の野球は、楽しかったですか、それとも苦しいことが多かったですか。

楽しかったです!本当に贅沢な時間でした。
本当だったら病気してその後プロの世界はなかなかできないことだと思うので、それを2年半ちょっとやらせてもらえたので、本当に贅沢な楽しい時間でした。

Q今後への思いも含めて、ファンのみなさんへ一言お願いします。

本当に長い間応援してもらってありがとうございます。今後は何するかは決まってはないですけど、応援してもらった恩を少しでも返せるように何かしらやって恩を返していきたいなと思います。

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<今日の練習の様子>
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