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更新日:2019.09.23

永川勝浩選手 引退記者会見

引退セレモニーが行われる本日9月23日(月・祝)、練習前にマツダ スタジアムにて永川選手の引退記者会見が行われました。


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≪永川勝浩選手 コメント≫

広島東洋カープで17年、大学卒業して野球をやってきましたけれども、今年で引退して17年に区切りをつけたいと思います。
今まで応援ありがとうございました。

Q.引退っていう文字なんですけれども、いつぐらいから頭の中にあったんでしょうか。

ここ数年は怪我もありながらなかなかいい成績が残せなかったですから、そういうところでいろいろ考えるところはありました。

Q.昨年あれだけのパフォーマンスをしている中で、最終的な引き金と言いますか、きっかけになったのはどの辺りなんでしょうか。

今年に入って、トレーニングをしても身体のどこかが痛くなったりとか、練習で良いパフォーマンスが出ても試合で出せないとか、そういうところを総合して心が折れたというところですね。

Qこれまでどんな逆境でも跳ね返して来られましたけれども、今度ばかりはちょっと気持ちの中で違いがおありだったんでしょうか。

そうですね。若い子たちが頑張っている中で、自分がそれと同等以上のボールが投げれなくなってきて、どこかで当然自分も考えないといけないとこなので、身体もいろいろ考えながら限界を感じてしまいました。

Q.仲間とか家族にお伝えになられたと思うんですけど、いつぐらいに伝えて反応はどんなものだったのでしょうか。

家族には6月半ばくらいには一度伝えましたけど、反応はそんなに大した感じではなかったので、もういいんじゃないっていう感じでしたから、僕自身もやりきったていう感じはあったので、そういう感じでしたね。

Q.キャリアの中で、ユニフォームを着ている間の思い出は、何が一番印象に残っていますか。

いい思い出と言われたら、やっぱり1年目から山本浩二監督にクローザーを任せていただいて、そういう道を作っていただいたっていうのは、この17年間、その最初のスタートがあったからこそだと思うので、そういう意味では感謝していますし、良い思い出だと思います。

Q.2002年、広島出身で広島のチームに入って背番号20番で、改めて振り返ってあの辺り、ご自身の中でも気持ちが高まったんじゃないですか。

広島で生まれて広島で育ってきましたので、広島東洋カープに誘っていただいたときは、ものすごく嬉しいというか、プロ野球選手になる以上広島にまた帰って故郷でプレーできるというのは、すごくいいものっていうと簡単ですけど、本当に広島っていうところは愛着がありますね。

Q.記録に残る165セーブ、一番キャリアの中で感じて来られたのはストッパーの難しさですか、それとも大変さだったでしょうか。

僕の場合は何回も失敗を繰り返しながら、いろんな方に迷惑をかけながら助けられてやってきたので、クローザーに対しての難しさというのは感じなかったですけど、ここ何年かはどうやったら人に迷惑をかけずに生きていけるんだろうっていうことをよく考えていたので、そういう意味ではクローザーという職にはそこまで難しさは感じなかったですね。

Q.どうやったらできるんだろうかってここ数年考える中で、新たに見えてきた野球や考え方の変化はありますか。

いろいろ試行錯誤しながら、コーチであったりトレーナーであったり、時には後輩であったりそういう方たちに支えられて、いろいろトライしてきましたけど、やっぱりプロの世界はそう簡単じゃないというのは最後の方につくづく感じましたね。

Q.変化を恐れないイメージがあったんですけど、もともとそうだったのか、特に変化を恐れないようになったのか、心境の変化というのはいかがですか。

昔はやっぱり結果もそこそこ出てましたし、変化をしなくてもというところはあったと思います。
すぐに調子に乗る性格であり、何でも簡単にできると思ってしまう性格なので、ここ数年でいろんな意味で大人にさせてもらったし、広島東洋カープに最後まで育ててもらったおかげで今の自分があると思うので、今の若い子たちにはやっぱり変化をしていかないといけないというのも伝えていきたいなと思いますね。

Q.膝の故障があって2018年登板があって、一番変われた部分とか周りの助けとか、改めてあの時期振り返って学んだことっていかがですか。

手術してまで契約してもらえると思ってなかったので、そこで契約してもらったからこそ、手術をさせてもらったからこそ昨年があったと思いますし、そういう意味ではいろんな人に支えられて、感謝するのは簡単にできますけど、本当にいろんな人に感謝したいと思います。

Q.優勝であったり優勝旅行も経験出来て、非常に思いが強かったと思うんですけど、あの喜びというのはいかがでしたか。

3連覇している中で最初の2連覇のときがほぼ結果を残すことが出来ず、昨年もそこまで出したとは言えないんですけど、最後に連れて行っていただいて僕だけじゃなく家族がすごく喜んでいましたし、昨年の復帰登板でありいろいろ本当に印象に残っていて、周りがすごく僕の若い頃より大人な選手が多くなったなとは思います。

Q.永川さんご自身の中でも心理的な変化っていうのは感じていらっしゃるんでしょうか。

昔に比べたら本当に変わったと思いますし、変わらせてもらいましたね、周りの人に。

Q.チームメイトとかスタッフとかいろんな支えがあったと思うんですけど、そのあたりの思いっていうのはいかがでしょうか。

一番最初のキャッチャー西山さんから始まっていろいろなキャッチャーに受けていただいて、コントロールの悪いベースの前にワンバンするようなフォークをみんな身体を張って止めていただいて、一番受けてもらったのは石原さんですかね、そういう人たちにワンバン止める止めないで議論になったこともありますし、そういう意味では身体も含めていろいろ迷惑かけたなと思います。


Q.それでもフォークを投げ続けた思いはどこから来るものだったんでしょうか。

一年目からうちのキャッチャーはずーっと優秀なので、ランナーが3塁でも思い切ってワンバンを投げれるキャッチャーが揃ってましたので、そういう意味ではありがたかったですし心強かったですね。

Q.とにかくよく投げるよく走るよく練習するキャッチャーが身体を張ってくれる、カープというチームがすごく合ってたんじゃないかなと思うんですがいかがですか。

そうですね。広島に生まれたので広島っていう感覚がありましたけど、入って17年させてもらって、他のチームを知らないので一概には言えないですけど、本当に最高のチームであり、本当にいい子たちいい先輩たちに恵まれたなと思っています。

Q.この後引退のマウンドなんですけど、先発ということでお気持ちいかがでしょう。

今クライマックスシリーズを争っている中で、両チーム直接対決ですから、たまたまこういうときに僕のこういう試合になってしまって、また先発で投げるということで、ただただ迷惑をかけたくないなと、一人になると思いますけど、次投げるピッチャーに迷惑にならないようにそれだけを考えています。

Q.永川さんというとダイナミックなフォームからフォークというイメージが強いんですけど、そこの部分か、それとも現実路線というところで、どんなイメージで最初のバッターを迎えようと思っていますか。

今の自分の力で全力で向かって行ったところで、結果はあまり左右されるものではないので、最後は自分の投球をして結果がどうあれそこで踏ん切りをつけたいと思います。

Q.後輩たちにこんなチームメイトであって欲しい、こんなチームであって欲しいという思いはいかがでしょうか。

1軍の方では今年は僕はあまり選手と接することはなかったんですけど、2軍の方でいろいろな選手と接して、若いピッチャーが多いので、今を大事にもう今日は今日しかないと思いながら日々を過ごして欲しいと思いますし、これから先のピッチャー陣は彼らが引っ張っていかないといけないと思いますので、一日一日を無駄にせず今を生きてほしいなと思いますね。

Q.最後に長く応援してくれたファンの皆様に、永川さんから一言お願いします。

このような大した技術もない選手をずーっと応援してくれた方々が多かったので、そういう意味では全てのことに感謝をして、最後まで僕を応援してくれた方々、昔の市民球場のときからいろいろ叱咤激励していただいた方々に、すべての意味を込めて御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

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<今日の練習の様子>
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